頭部外傷と逆行性健忘症
- 2012年01月20日
- 院長コラム
先日、交通事故による頭部外傷の患者さんが来院されました。事故は、バイクの転倒事故で右側頭部のヘルメットにキズがあり、右側頭部を打撲した様なのですが、患者さん御本人は、事故の少し前(数分)から事故の少し後(数十分)までの記憶が全くないとの事でした。この為、事故は自損事故か衝突事故か目撃者もなく、詳細は不明でした。
頭部CTの検査では、幸い記憶の中枢(中心部)の海馬を含めて何も異常はありませんでした。また、患者さんの記憶力も事故後全く正常に戻っていましたが、やはり事故前後の記憶は戻りませんでした。この様に、ある出来事から少し前の記憶がない病態を、時間がさかのぼるという意味で逆行性健忘症と呼ばれています。では、何故この様な病態が存在するのでしょうか?
その訳は、人間の記憶のメカニズムに原因があります。我々が、見たもの、聞いたもの、食べたものを記憶する場合は、直ぐに海馬に記憶される訳ではありません。その様な情報は、ペーペッツの回路という原始脳の回路を回転してはじめて海馬に記憶されます。従って、海馬へ記憶される為には、数秒から数分間くらい時間がかかる事になります。また、この回路の回転数が多い程(たくさん回転した程)、海馬の奥底にしっかりとした記憶として残ります。例えば、母親の顔、声、俗に言うお袋の味等は、幼い頃から数限りなく回路が回転して海馬へ生涯の記憶として刻み込まれています。 今回の事故の場合、回路が回転中に頭部外傷を受け、海馬への記憶がとまりました。そして、脳振盪後にしばらく時間が経過して、再び回路が正常回転してはじめて記憶する力が回復した為、今回の様な記憶力障害が起こりました。
以上が逆行性健忘症のメカニズムです。